「米中貿易戦争」の3つの層
一口に「米中貿易戦争」と言われるが、おおよそ3つの層があるようだ。
一つは、文字どおり貿易摩擦をめぐる経済ナショナリズムの層。トランプは国内の製造業を守るアピールとして、追加関税で輸入を制限しようとしているが、結果的には商品価格の上昇をもたらすブーメラン効果の方が大きい。一方、中国も米国からの輸入を増やすなど対応は難しくない。比較的手打ちが可能な領域だろう。
もう一つは、グローバルヘゲモニーの移行をめぐる層。これは百年単位の歴史的な問題だ。かつて中国は世界帝国を形成し、最先端の文化や技術で世界をリードしたが、近代以降は欧米列強の半植民地として汚辱の経験を余儀なくされた。それを挽回し、「中国を再び偉大にする」のが習近平の言う「中国の夢」であり、その実現こそ共産党の指導の正統性を担保する。
各種の分析では、2030年代の中頃にはGDP(国内総生産)の米中逆転は不可避とされる。だが、それはグローバルヘゲモニーの米中逆転と同じではない。この点では、米国にとって代わるソフトパワー(文化や価値観)の確立がカギになる。少なくとも、権威主義的な統治および、それに基づく国家資本主義の推進という中国モデルでは力不足だろう。
焦点はハイテク技術の主導権争い
さらに、これら二つに挟まるのが、ハイテク技術の主導権をめぐる角逐の層だ。ここでの勝敗は、当然ながらグローバルヘゲモニーの帰趨にも大きな影響を与える。焦点になっているのは、次世代通信5Gの開発で主導権を握れるかどうかだ。これはITビジネスの領域だけでなく、軍事技術の領域における覇権の成否とも深く関わる。今後も超大国として世界に君臨したい米国としては死守すべき領域だ。
もちろん中国にとっても、今後数十年にわたる基幹産業政策「中国製造2025」の柱、経済・軍事における国家目標「社会主義現代化強国」の基盤であるため、簡単には引き下がれない話だ。
ただ知的財産権の問題だけで見れば、米国との間で妥協し得る可能は少なくない。というのも、中国自身キャッチアップ型から独自の技術開発へと産業構造を変革する上で、知的財産権問題の重要性を感じているからだ。
ちなみに、香港紙の報道によれば、このほど中国指導部は「対抗と冷戦を回避し、順を追って開放し、国家の核心利益は譲らない」との対米方針を決定したという。
国家間関係だけで見てはならない
ところで、ハイテク技術の主導権をめぐる米中の角逐で矢面に立たされているファーウェイ(華為技術)だが、共産党=国家が全面的に支援=統制しているとの世評は実態を誤認しているとの評価もある。民間企業で完全社員持ち株制、しかも半導体を子会社で生産するファーウェイは、実は支援=統制が困難な企業の代表であり、米国による攻撃はファーウェイを共産党=国家の側に追いやりかねないというのだ。
拙速な断定は禁物だが、少なくとも中国を一枚岩と捉える傾向には警戒が必要だろう。言論や報道、結社の自由が極めて制限されている中国では、たしかに共産党=国家の動向が大きな位置を占める。しかし、当然ながら中国にも民間のさまざまな動きがあり、それが共産党=国家の動向に大きな影響を与えてもいる。私たちはこうした相互関係にこそ着目すべきだろう。
経済ナショナリズム、グローバルヘゲモニーの移行、ハイテク技術の主導権をめぐる角逐――いずれも国家間の対抗関係から捉えるだけでは将来展望は開けない。国家という単位を超えた人々の連携や交流、対立や軋轢を含めた総体として事態を見ていくべきだ。